雪山に行くらしい
雪山に行くらしい。行くらしいというのも、今が夢の中だとはっきりとしているからで、かつ、この雪山はどうやら以前にも来たことがあるようで、自分は友人たちを率いている。
バスの中は適度に暖かいのだが、窓には当然霜が出来ていて、手で触ると表面の氷が溶ける感触と、ガラスの奥の冷え切った感触が同時にあり、そのうち人差し指の感覚を奪って行く。
この雪山に前回来た時には、サービスエリアで酷い目にあったはずなのだけれど、その『酷い目』というのをうまく思い出すことが出来ない。
確か、猟銃を持った殺人鬼に追われた様な気がするし、自分が追いかける側だったかもしれない。
とにかく、友人たちがお腹が空いたと言うので、運転手に頼み込んで何か店を探してもらう。店と言っても何度かすでにカーブを曲がって、針葉樹のとげとげしい森の中に入り込んでいるので、そう簡単に何かお店が見つかるとは思えなかった。
いつも集まりのある際には、幹事役として、店を選んでくれる友人が、そわそわし始める。さすがに人の夢の仲間では、ミシュランガイドも役に立たないのだろう。
やがてバスは少し店のある集落の様なところにでる。歓迎の意を示す看板だけが、錆び付いたまま立ち尽くしていて、逆に不気味に感じられる。
先ほどから、運転手の顔は全く見えないのだが、声だけは聞こえる。
「この辺に店なんか、ないとおもうよ」
「そうですよね。でも、居酒屋くらいありそうじゃないですか?」
自分は取り繕うように答えたが、居酒屋などあるはずはないのだ。
友人が指を指すと、民家の様な外見だが、ネオン付きの立て看板を出している店が見えた。
その時少し以前の記憶が捏造されていることに気がつく。おそらく自分は過去もあの店でお好み焼きか何かを食べたはずだ。
店に入ると、鉄板焼きの備えがされたテーブルの、カウンター席に座り、友人たち四人は、エル字型に座り始めた。自分はそのエル字の折り返し地点の、つまり真ん中あたりに席を取る。ここからがキモなはずだ。前と同じ髪の長い、頬のこけた女性店主がお好み焼きを焼いている。
美味しいね、と言いながら友人は満足そうにソースをかけて、お好み焼きを食べるのであるが、自分はそろそろだ、と直感する。それと同時に女店主が生クリームをお好み焼きに塗りたくりはじめる。塩辛いソースと、やけに甘いクリームが、鉄板の上で混ざりあい、やがて泡立ちはじめる。
はじまったな、と自分は思う。友人たちは、おいしいね、と食べ続けるが、そうは思えない。この後、雪山に行くらしい、行くらしいというのも、僕が夢から覚めてしまったからだ。