『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

引越し

    どうも、引越しをするようだ。季節は春だった。風が強く、しかし心地よく吹いている。多少の埃と、春の香りが入り混じっていた。僕はまたその寮に入り直すようなのだ。しかも、僕の決断で。
   三階の端の方に部屋を決めると、寮の敷地内にある円形のタワーの中に入って見た。すると、中は競馬か競輪の競技場のようになっていて、中では何かの競技が行われている。ふと、二次元風の女が横に現れて、自分はあなたの知り合いの女だという。ぱっとみ僕でもどうにかなりそうな女だと、自意識過剰気味に思ってはみたものの、ここは夢の中なので、どうにでもなるのであった。そうしたところで、目が覚めた。

間隙

    朝から電車が、少しづつ止まっては動き、動いてはまた発進しだすという状況が続いている。雪のせいだ。少し止まり、また動くこのぎこちなさが、なんだか酒を一通り飲み終わった後の、解散までの名残のようで、何か、釈然としないようで、納得のいかない訳でもない心地よい空白を維持しているのだが、よく考えれば、仕事への足取りが軽くないからこんな事も考えているわけで、会社に行きたいような、行きたくないような、その感覚がずっと、付きまとっている。

群れ

    多くの群れが、波を打つように移動をしている。人のようにも見える。男たちの群れだ。黒いコートに、襟のあたりから赤いシャツをかろうじて覗き見る事が出来る。数百人は下らないだろう。
    何のためにあれほどの人数が動員されているのか、推測することは出来ない。できないのだけれども、彼にはそれを司る何かを感じ取ることが出来た。彼は特段選ばれしものでもない。平積みのビジネス書を手にとって、逡巡する程度の人間だ。ただ、彼は群れを眺めている。彼もまた、黒いコートを着ている。今年の冬はコート無しで過ごすことが出来ないかと本気で考え続けていた。何故、この程度の寒さで人はコートを着用するのだろうか。鼻の奥に昨日入ったレストランで出てきたおしぼりの匂いがこびりついている。ハッカのような、いや、ミントというべきか、軽くすぅっとするような香りの、おしぼりだった。
   目の前の群れから、特に特定の香りはしない。おそらく、彼の記憶の中の匂いだろう。

再開

    新しいiPhoneにしてからというもの、身の回りでも様々な事があって、しばらく更新を休んでいたものの、そろそろ再開しなくてはと思いつつ、しばらくぶりにアプリを立ち上げてみる。
    電車内の広告を見れば、怪しげな自社出版の田舎臭い著者の顔が無数に広がり、滅入りはするのだけれども、常日頃であれば、その垢抜けない構成の図面が、心地よくもあり、洗練とは何かと、感慨ひとしおではある。

    ここから、何を書き始めるのかと言えば、物語めいた、随筆めいた、何ものでもないといえば、大上段に構えすぎなきらいはあるものの、とにかく、今後とも書き続けるしか、自分には道がなく、道とは何なのかと自問しつつも、読んでいるだけでは心許なくなり、書いているからこそ、何かを読む楽しみも増えるというもので、こうして文章を書いている間にも、iPhoneは音楽をシャッフルし続けているのだけれども、その音楽がまた、聞いたこともないフレーズを奏でるものなのだから、普段の注意力が余りにも散漫だとはいえ、こうした、気づきが必要なのだと思う。

    雪が積もり、未だ溶けていないなか、足を滑らせないように注意しながらも、出社を遅らせる口実として、どこか姑息に潜めている自分は居はしないかと、あたりを見回すも、正面は、地下鉄の闇。

飛空挺

    夕暮れのようである。通りは車も疎らな、二流の街といったところだろうか。薄紫の影が所々路地裏に侵食し、物寂しさを一層際立たせている。
   暖簾だけは店構えの体として掲げられてはいるものの、店内はコンクリートの打ちっ放しの壁が露わになり、灰色にひび割れた模様のみが内装として違和感を放っている。
   ゴザが敷かれていて、申し訳程度に椅子のつもりなのか、ビールの空き箱が並べられている。厨房は特に飾りなく丸見えで、女の店主が一人切り盛りしている。器量はよくなく、涙袋が異常に膨らみ、高い頬骨と合間って顔面に余計な凹凸を生み出している。態度も接客業とはかけ離れた思想で構成されている。
   客がもう一人だけ酒を飲んでいる。特に自分とも話すことはない。大きな背の男だった。外で小柄な男が走り回っているのが、暖簾越しに伺うことができる。
   やがて夜が更けて酒が回ると、器量の悪い女店主が寄り添っている。自分は何かを言うこともなく肩を抱き寄せる。
    小柄な男は走り疲れたのか、ピーナツを持っている。
    大柄な男は何かをはにかんで、こちらを垂れた目で眺めている。自分はもうどうでもよかった。
    外から大きな音がすると飛空挺が空を覆い隠している。明らかに地球の技術ではなさそうな作りをしている。無造作に組み合わされた外装が、ジャンクの寄せ集めのように見えるし、何故あの形状で空を飛ぶことが出来るのかわからない。
    飛空挺はノズルのようなものを伸ばすと、無作為に街を砲撃し始めた。自分はこの街の人間ではないが、あまり街を壊すのはよくないことだと考える。
    小柄な男がおもむろに立ち上がると、持っていたピーナツを飛空挺向けて投げつける。
   無意味なことのように思えたその瞬間、ピーナツは空中で大きな爆発をする。爆風と熱波をうけた飛空挺はバランスを崩して、いまにも墜落しそうである。
   どのくらいの余波があるかはわからないが、あれが落ちればこちらとて、無事ではないのだろう。
   そう思ってとなりの女をみると、気持ち良さそうな背伸びを、手足をいっぱいに伸ばして、目を瞑っていた。

羽虫の夢

    深夜の東京を歩いていた。先ほどまで、会社のそこそこ偉いメンバーと一緒に、と、言ってもいつの時代に自分が所属していた会社のメンバーなのかは、定かではないのだが、黒いスーツに頭から足の下まで統一され、闇に溶けるように足元が見えないままのメンバーと一緒に、歩いていた。
   途中まではタクシーに乗っていたのだけれども、もう少しで駅だからと、誰かが言い始めたのか、よくわからない坂道の途中で車を降ろされる羽目になってしまった。自分はこの風景を知っている。ビルとビルの隙間から観覧車の頂点が頭を覗かせており、そこがかつての会社の近くである事に気がつくまでにはそう長い時間は必要ではなかった。
   自分は、一人で行けますのでと、会社の偉いメンバーに断りを入れると、とくとくと歩き始める。朝焼けが入り混じり始め、空が少しづつ紫色へと変じて行く。
   そのうちに会社に着くと始業ベルがなり始め、風景が白塗りに転じる。
    少しアンティークな素材で出来た椅子と机の上に座っていて、まだ朝が早いために席には誰もいない。やがて、女が一人教室のドアを開け、入ってくる。会いたくない女だと思った。女は演劇をやっていると言う。女の肩越しに、今日の時間割を確認し始め、少しでも別のことに意識を向けようとする。
   何故あの女は、演劇など始めたのであろうか。あの、か細い喉では腹から声など出ないではないか。
    時間割は一時間目、二時間目までは読み取ることが出来るのだが、四時間目だけが、わからない。体育の場合はどうなるのだろうか。自分は、体操着を忘れていないか気がかりになる。二時間目と四時間目の間に、家に取りに帰れば良いのかも知れない。しかし、家まではどんなに早く見積もっても二十分はかかるだろう。空白の四時間目が体育で無いことを祈る。
   女が席に座って何やら準備をしているのをどうにかして別のことに集中してやり過ごす事が出来た。
   やがて、教師が入室して来て、授業が始まるのだと思った。すると教師は演劇のパンフレットを配り始め、その女の所属する劇団について解説をし始める。いつの間にか、劇団員が数人、教室の中に現れている。
   女に対して、体育が一番出来る友人が、質問をし始める。彼はすでに体操着に着替えており、やはり自分は早く体操着を取りに家に帰らねばならないと思った。女は声高に、ピントのズレた説明をして、聴衆は飽き飽きし始めている。
   この演劇を楽しむためには、ある三種のテキストを読んでおく必要があります、と、いうその女の話は、意図が不明瞭で、まるでそれらの外部情報が無ければ成り立たないかのような話ぶりで、みんな混乱し始めていた。
   自分はその話にも、その女にも退屈し始めていたので、体操着を取りに家に帰ることにした。家に帰ろうと思った瞬間、自分は羽虫になり、背中の羽を醜く震わせながら、低い姿勢を維持したまま、飛び去ってしまった。

第十七回文学フリマを終えて

    長かった。明らかに準備の足りない文学フリマへの参戦だった。隣のブースが、かなりの人気ブースだったこともあって、自分のブースには見向きもされず、表紙も今回は用意をしなかったため、売れ行きは散々なものであった。
   一番はやはり、内容が良くないことにある。前回、前々回よりも相当クオリティは落ちているし、書きたいものが書けているとは自分でも思っていなかった。もっと、ブラッシュアップして挑むべきであった。今後も文学フリマへは出店しようと思う。
   ただ、友人たちもほとんど周りにおらず、取り残されてしまった感も否めず、若く、楽しげに過ごしている大学生のサークルなど見るにつけ、ついつい彼らの本を買ってしまうなどしてしまう。自分の中で終わりをもたらさないための文学フリマへの出店なのだけれども、潮時感じてしまうほど、落差を感じてしまう瞬間だった。
   東京に来て十年、すなわち、東京で小説らしきもの書き始めて十年の区切りであるのだけれども、まだ、あまりにも自分の書いたものがみじめで、ならば不参加でもと思ったのだけれども、それも言い訳染みていて、それならやはり今後も書き続けなければと、一層思うのでした。