『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

群れ

    多くの群れが、波を打つように移動をしている。人のようにも見える。男たちの群れだ。黒いコートに、襟のあたりから赤いシャツをかろうじて覗き見る事が出来る。数百人は下らないだろう。
    何のためにあれほどの人数が動員されているのか、推測することは出来ない。できないのだけれども、彼にはそれを司る何かを感じ取ることが出来た。彼は特段選ばれしものでもない。平積みのビジネス書を手にとって、逡巡する程度の人間だ。ただ、彼は群れを眺めている。彼もまた、黒いコートを着ている。今年の冬はコート無しで過ごすことが出来ないかと本気で考え続けていた。何故、この程度の寒さで人はコートを着用するのだろうか。鼻の奥に昨日入ったレストランで出てきたおしぼりの匂いがこびりついている。ハッカのような、いや、ミントというべきか、軽くすぅっとするような香りの、おしぼりだった。
   目の前の群れから、特に特定の香りはしない。おそらく、彼の記憶の中の匂いだろう。