『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

踊り場

    階段を上ろうとして、踊り場に女が立っていることに、君は気がつく。
    その女の事を君は知っている。君がいま、したから見上げる限りでは、女の顔は見えない。髪が長く、少しで髪質が硬く、黒く艶やかに輝いていて、頭頂部から少し後方に、いわゆるポニーテールの形で結ばれているのだけれども、肩口まで伸びていて、年季を感じさせる。
   肩幅は、通常の女性よりも、少し広い気はするのだけれども、見覚えのある丸みを帯びていて、それが一層君の確信を決定づけさせる。
   君は、一歩を踏み出さない。二十段ほど上れば、君の部屋のドアの鍵を回す事が出来、君はその後疲れた身体をシャワーで温め、癒すことができるはずだ。
    踊り場の女は、うつむいたまま、携帯電話をいじっている。おそらくは、君に何かを言いたいが為に、ここにいるはずだ。君はそれが何かを考えない。しかし、歩みを進めるわけでもない。
   端からみれば、何かに睨みつけられて動けない爬虫類のようでもあるだろう。先ほどから、湿度が高まり、君が仕事の間着続けているシャツが、肌にまとわりつき、一切の皮膚と布との隙間が、水分によって、埋め尽くされた。