『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

ジャケット

    少し、春らしくない、ファー付きのフードのついたコートを来た女の、対象的にカバンをかけた反対側の肩口が露わになっていて、鎖骨が余計強調されているのを見るにつけ、季節の変わり目が来たのかと思いきや、風は強く、気を抜くとまだ冷え込む日々が続きそうではある。

    ジャケットを買いに、何故か仙台に来ている。

     寂れた百貨店、とはいえ、地元ではおそらく老舗の、最も大きな商業施設ではあるのだろうけれども、やはり人は疎らで、店員の方が多くうろついており、とはいえあまり話しかけられたくない事もあり、私はなるべく目を合わさないように、踵を引き下げて、微妙に距離感を取る。

   ベンチに座る女が、手鏡を見ながらアイブロウを引いており、数度前を通る度に、顔の出来栄えが変わりつつある。女とは、変わり映えがはっきりとしていて、それはいつでも利害に紐付いているものだと推測されるから、これからきっと男に会いに行くのだろう。

   あてもなく店舗を回遊しているだけではなく、ある程度欲しいものの目星はついているのだが、ここは仙台だからだろうか、品物があまり置いてなく、灰色のジャケットを探し当てることは難しいと、判断をし始める。

   少し下腹に力を入れて、店員に声をかける。店員は、中年の主婦のパートと言った感じで、少なくとも好感を持てる対象の範囲内ではないのだけれども、厚かましさと押し付けがましさが少ない分、いくらか気は楽だった。試着室にはずっと、客が入っており、寄り添うようにして店員が張り付いている。

    下のフロアに行けば、お探しのものがあります、と言うので、エスカレーターを店員と共に降りると、大きなベージュ色をしたビニールシートのようなものが、商品の上に一枚大きく拡げられ、覆いかぶされて全てを隠している。

   やがて店員はビニールで出来た、唐草模様に見える装丁をされた、透明なジャケットを持ち出して来て、どうぞ、と、差し出す。

   これではない、と思いながら、試着室の方を見やると、ここのフロアでもまだ、客はこもり切りであった。