『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

止まらない目覚まし時計が

    止まらない目覚まし時計が、今日もなり続ける。起こすべき主がいなくなってから、どのくらい過ぎているのだろうか。私がその目覚まし時計に気がついたのは、半年前の事だ。朝、いつもとは違う時間に起きた時、隣の部屋なのか、下の階なのかは分からないが、金属的なあの目覚まし時計のベルの音がなり続けている事に気がついた。初めは特に気にしていなかった。寝過ごす事はそう特別な事でもなく、自分はまして余り顔を見ない隣人を気にかけるほどの余裕のない生活をしていた。物語を加速させるためには色彩が欠けていて、正しい日本語も使えていない時期だった。どこをどう振り向いても、広告しか目に入らず、その広告の背景にある物語を読み取る事の出来ない時期であった。目覚まし時計に気がついた翌朝から、階下や、隣人の音に敏感になった。家に帰る時間の、ドアの開け閉め、窓を思いっきり開ける音、水を流すタイミング、時に聴こえるピアノの旋律(これはおそらくエレクトーン的な電子の音だ)。それらに敏感になった時に、階下の住人だけ、全く生活の音がしない事に気がついた。あるいは、非常に抑えめな性格の住人で、立てる音の全てが小さいタイプなのかも知れず、もう一つの仮説は、自分と全く音を立てる音が同じタイミングで生活をしているかの、二つの仮説が考えられた。後者の場合、目覚まし時計だけは自分と違う事をしている計算になった。自分はしばしばその目覚ましの音を聞くために早く起きるようになった。隣の部屋の、深夜に聞こえる少し艶かしい声には耳をそばだてる事がなくなった。
   そんな生活を続けているうちに、朝寝がちだったリズムが整い、朝日が空に広がりきらないうちから、目が覚めるようになって、朝の時間を持て余すようになってしまった。
    それで、今こうして文章を書き始めてしまっている。