『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

誰に聞こえるわけでもなく

    誰に聞こえるわけでもなく、その言葉は空気を少しだけ揺るがせ、やがて拡散してしまう。本当は、誰かに聞かせたい言葉であることは、気がついている。ある種の自覚を持った言葉ではあるものの、文脈や物語の意図が全く感じられず、さながら空気中の分子すら束ねられないのではないかと、あり得ない疑いをしてしまう。その言葉を発したのは、他ならぬ自分ではあるものの、余りにも底意地が悪く、有り体に言えば悪意に満ちていて、救いのないことこの上なかった。空間には黒い服を来た成人達で溢れていて、みなそれ相応の暗黙知を持った人たちであるから、誰も私の言葉に耳を傾けるものはいない。電話がなる。少し戸惑ってでる。応答ボタンを押して暫時、外向きの甲高い声に切り替える。その調子のまま、同僚に取次ぎ、それ以上の会話はない。
   誰に聞こえるわけでもなく、今日も呪詛の言葉を吐き出し続ける。