『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

その目には

    その目には、明らかな怪訝の色が窺えて、きみはふと目を逸らす。先ほどまでのきみの発言になんの合理性も論理性も感じられない事は、きみ自身が一番理解をしているはずで先ほどまでと空気の匂いが違う事を真っ先に感づいた。そこできみは違和感を感じる。いま、きみは確かに"空気の匂いを一番に感じた"訳であるけれども、果たしてそれはきみ以前に目の前の彼女のほうがとっくの昔に気がついていた事であり、きみはただ自分自身に夢中になっていて、この、地下室にあるお店の独特の匂い(それは体育倉庫のカビ臭さに近いものがあった)を感じていなかっただけなのかもしれない。きみは、次に行うべき会話の文章を紡ぐことが全く出来ず、かといって当面の話し相手であるべき彼女も黙り続けている。いい加減にすれば良いと思ったが、それを口に出した瞬間、さらに面倒なことになるのはわかりきっている。
    いつ頃から、この空気は漂っているのだろうか。梅雨の湿気のせいなのであろうか。ただ、大方はきみ自身が捏造して感じ取っていることであり、当分の間この沈黙が続くことのみ、現実感を伴っているのであった。