『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

その発言の後で

    彼女はふと気がついたのか、多少ばつの悪い顔をした。信頼関係が揺らいだ。心なしかテーブルの立て付けが悪いような気がする。彼女が目線を逸らした以上に、彼は動揺していたのかもしれない。こんな時に、どこに目線をやるべきなのか、全く分からなかった。彼は、耳の裏側が少し熱くなるのを感じた。
   その言葉はお互いの間で、お互いが予想した以上に大きな音を伴って響き渡った。彼にすれば、半ば予想していた事ではあった。それは甲斐性の問題だった。ずっと問題意識として彼が持ち続けていた事柄だった。東京で暮らしているからには、決して避ける事のできない問題だった。
   彼女は、勢いだけではいけない事をもちろん知っていた。知っていたにも関わらず、あの言葉を彼に対して投げかけた。もちろん、彼女の側からすれば尊厳をがさつに擦り付けて、傷だらけにして塗装を剥がすような真似をしたつもりはなかった。むしろ彼の反応を見る限りある種の意図は成功した事がわかる。目が、そこまで泳いでいなかった。どこを見つめているかは分からないなりに、焦点は失われていなかった。彼女と彼は、同じタイミングで水を飲んだ。
   今二人の喉を潤す事が出来るのは、この静寂のみだった。