『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

エレベーターの中で

    蒸し暑い日が続いていて、その頃の僕らは常に俯いて歩いている状態であった。随分と分厚い壁が続くビルを抜けると、そのエレベーターの扉が開いていた。エレベーターの中には誰もいない。その湿度の高い個室の中に僕は入り込むと、閉じるボタンを押す。若干のタイムラグと共に、扉が閉まり始める。早く閉まればいい、などとは決して思わず、出来れば開いたまま、上へと上昇しないかと思ってしまう。上へは行きたいのだが、いまいちその上のフロアに何があるのかが分からず、立ちすくんでしまう。立ちすくんだところで、これはエレベーターだ。有無を言わさず上に向かう。
   気がつくと、傍に人が立っている。女だ。女は僕の斜め後ろに行く。フロアが一つずつ上昇して行く。
    そのうちに、女がそっと、僕の手を握る。僕は、親指の腹で女の爪を撫でる。マニキュアでコーティングされた感触が指の腹を伝わる。フロアを示すランプが、やがて最上階へと至る。
   そして、手を繋いだまま外へと踏み出すと、そのまま奈落に落ちてしまった。