『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

安っぽい朝日(その二)

    世界はね、広大で、未確定なの、だから素敵なのよと、安子は真顔で言い、真顔であることにどうも狂気を感じてしまい、早坂は椅子を二歩ほど一気に引き下げた。未確定って、どういうことかわかる?と問われ、早坂は咄嗟に答えに詰まってしまうのだが、よくよく考えてみれば、世界が確定しているということは、特にどういうことなのだろうかと、思いを巡らせる。例えば、学生であれば、卒業までの日程は決まっているため、「世界が確定している」と言うことが、出来なくも無い。ただ、刺し向かっているこの男女は学生などとうに過ぎた、三十前後の程よい大人である。その大人にとっての世界とは何なのだろうか。国境を意識するとすれば、日本に拘らず、と言えなくも無いのだが、安子は綺麗な場所が好きだと言うので、日本からあまり出ないと聞いている。と言うことは、この意味の世界ではなさそうだと、早坂は考え目の前のコーヒーを一口啜る。さて、この女の「世界」とは、何なのだろうか。果たして、答えは出るのだろうか、出ないまま、世界についての言及がなされて行く。

    安子曰く、世界とは無限の可能性があるものである。
    世界とは、未知のものに溢れている。
    世界とは、面白いものらしい。
    この話を聞いていて、疲れるなと言う方が難しいのだが、賛同してくれる友人は多いと言う。もちろん、早坂が安子の友人達にあまり会ったことがないとは言え(それでも何人かには会った事がある)、賛同する人達の良識は早坂自身とは別の収集所に置かれて居るのだろう。早く回収される事を祈るばかりの気持ちで、頷きながら安子のほうをみると、今後やりたい事、についての話題に移って居るようであった。

    少し仕事が早く切り上げられたと思えば、きちんと出来事は訪れるもので、また明日から独りで煙草を吸いながら口角を上げる練習をする際の、お楽しみネタ、程度になるのだろうと、早坂は思うのであった。

(続く)