眼科有機物
コンタクトレンズが切れた。
切れた、というのは30日分のレンズを全て使い果たしてしまった、ということで、本来は土曜日に眼科に行っておけば良かったものを、火曜日まで引き伸ばしてしまった事が何よりも良くない。
そういう計算と、行き当たりばったりなところは、おそらく祖母に似たのだろう。祖母は大概のことは現地調達でなんとかしてしまう機転があった。いや、それ以上に孫の知らないところで調整や交渉をしていた何かがあるのだろう。
慌てて眼科に行くと、財布の中に持ち合わせがなく、クレジットカードは使えるかどうか聞いたところ、使えないとのことであった。
無駄足ばかりで、進まない事だらけで、ふわふわと降る雪が憎らしくなる。
コンタクトレンズの代わりに、何かはめ込むものがないか考える。眼鏡の場合は無機物だが、コンタクトレンズは有機物という感じがしないでもない。生理食塩水で培養された新種の生物のようになり、いつか自分に対し語りかける。
例えば、それは視線に対して。
「なぜそんなにおでこばかりみている」
僕はコンタクトに対してこう答える。
「目をみて話せない」
「それなら鼻をみろ」
コンタクトは、視覚をコントロールしているという自負があるのか、強気だ。
一方、自分も視覚を遮られては仕事に困るので、従うしかない。水晶のように透き通り、視界の精度が高まる。コンタクトレンズの意図とズレると、ずっと視界は不透明になる。
「大体、なんだ、あの女が髪をくるくるといじるところなんざ見て」
確かに、会話をしているのであれば、他に見るべきところは山程ある筈で、しかし、僕は本当に見たいものを見ているのだろうか?
コンタクトレンズは、四肢を突っ張って、僕の視界に張り付いている。たまに乾くと、踏ん張りきれないのか、剥がれ落ちそうになる。僕は目をしばたいて、天井を見上げる。
そうすると、ビルの天井が透けて、床が透けて、そのまた上のフロアも透けて、空まで見えそうになる。
が、やっぱり空は見えない。
「空なんか見てると場合じゃねぇだろ」
コンタクトレンズは硬派だ。ソフトレンズなのだけれども。