『季刊 枯片吟』公式ブログ ~先天的失言者~

文学フリマに出展している『季刊 枯片吟』のブログになります。

招待状が見つからない

    その家には六畳の畳の部屋と、台所と玄関があって、玄関は昔ながらの引き戸であった。おそらく、冬になって雪が積もると扉が開かなくなるためだろう。

   そう推測するのは、本当は自分が一度もその家に住んだことがなく、これは夢を見ているからだと、自覚しているからで、すかさず同居人は誰だ、であるとか、何かしらの予兆があるはずだ、だとか、しきりに辺りを見回すのだけれども、台所で火にかけられた薬缶がことことと音をたてているだけで、何も起こる気配はない。

   そのうち、同居人は四人いるはずだ、という、刷り込まれた情報が夢の自分の頭の中に沸き上がる。同居人は、まだ帰ってこないはずだ。

    仕事から帰ってきたばかりの自分は、ジャケットを脱がずに座布団の上に座っているのだが、この後出かけなければならないはずだ。なんの予定かはっきりとしない。さらに頭の中に捏造されて埋め込まれているはずの情報を思い出すためにもう一度辺りを見回す。襖に気がつく。襖の中に誰かがいるような予感がするが、あの襖の扉を引いた瞬間に、きっと自分は目覚めるのだろう。もう少しだけこの夢の背景を探りたいし、今目覚めても中途半端な朝方に違いないので、自分は居直り座り直し、背筋を正す。

    とつぜん、友人の結婚式に行かなければならない筈だった予定を思い出す。仕事帰りの結婚式だ。しかし、現実のその友人は、結婚する予定などさらさら無い筈ではあるが、確か結婚式の招待状が届いていた筈なので、封筒を探し始める。

    そのうち、同居人達が帰ってくる気配があるので、すこし急がねばと思いつつ、式に着て行くジャケットをどうしようかと思案する。招待状は見つからない。

    結婚式の招待状というものは、どうして簡単に見つからないのであろう。届いた瞬間は大事に、忘れないような目立つ場所に保管したはずが、いざ、前日となると見当たらなかったりするものだ。

    この夢の要素がつかめない。自分は立ち上がり、窓の外を眺める。夕方の、小学生の頃の塾帰りの時間帯を思い出させる夕日が、うっすらと広がる灰色の雲を、赤紫に照らしている。家は目抜き通りに面していて、車通りが結構な量があるようだ。音が一切聞こえなかったため、これまで気がつかなかった。テールランプが空の赤紫に呼応するように溶け出し、尾を引いている。

   同居人と友人が帰ってくる、扉を開ける気配がする。
まだ封筒は見つからない。

    友人に話かけられる。
「今日の二次会は、来てくれるの」
   頷いてから、「でも、灰色の、少し明るめのジャケットを着て行ったら、ダメだよね」
    それに友人はなにも応えない。そもそも二次会だけの参加ではない。
    間が悪く、特に自分は会話のその種の雰囲気に耐えきれない性格なので慌てて続ける。
「あと、そろそろ主役は行かないと、間に合わないのじゃ......」
「僕は大丈夫なんだ。言ってなかったけれども、他人の1/6秒のスピードで、動けるからさ」

    それは、気がつかなかった、悪かったと思う。視点が変わり、タクシーや、黒塗りの車の隙間を縫って、高速でテールランプの尾に混じりながら、移動する友人の姿が見える。自分の姿はどこにもない。

    同居人たちはみな淵の太い眼鏡をかけていた。薬缶はまだ火にかかっている。襖の扉の奥はなにも関係なかったようだ。その後特に出掛けたわけでもない。招待状も、もちろん見つからない。

    それっきりで、目が覚めた。