月世界
月世界に、旅行に行きたい。月面にはうさぎも、亀もいない。ところで、うさぎと亀と言うのは表面上問題ないのだが、双方ともに飛んでもないモチーフのような気がしてならない。
うさぎがそのうちしゃべりかける。「あたしゃね、すこしの兆しでもあれば、それで充分なんだよ」
亀が応える。
「いやいや、そんな、確証のないことに反応は出来ないよ」
「あら、縮こまっていられないくせに」
「いや、これは、その、そう言うものなのです」
「あ、そうそれなら、あたしの勝ちね」
「必ず最後に亀が勝つと、相場が決まっているのです」
「伝統的なアレゴリーに基づく素敵な考察ね」
「妙に小難しい言葉を使いますね」
亀は、斜に構えた目で、覚めたように言い放った。しかし確かに、すこし嬉しそうな光が、目の奥で煌めいたのを、うさぎは見逃さなかった。
「あたしも、すこしは本を読むのよ」
「少しの定義がどのくらいかわかりませんが、あなたの話ぶりかは気がつかないことはありませんでした」
「ふふふ」
そうして笑うと、うさぎはふっと飛び上がり(地球よりは重力がないので、よく跳ねます)、手に持っていた杵で、思いっきり亀を叩きました。
亀の頭はたちまちひしゃげ、潰れ、月一面が、血にまみれてしまいました。亀が、うさぎのことを多少でも解ったふりをしたのがいけないのです。
それ以来、地上から見上げた月が、赤くなることがしばしばありましたが、あれはすべて、亀という一人の男の、流した血なのです。未だに流れ続ける血なのです。