不要な反復
そろそろコートは不要かと思いながらも、マフラーだけは持って外に出たわけだが、思いのほか風が強く、やはりまだ春には程遠いのだなと感じる季節の独特な空気感と、街行く人々の服装も厳重に防寒している人とそうでない人の差がまばらで、皆天候を図り兼ねているのだなと、少し微笑ましくもある。
空の色はまだ薄く灰色がかった青のままで、日差しが高くから差し込むため極度に冷え込む事はないのだろうと推測できる。三日ほど前に考えていた事、話していた事の断片を、独白的に思い出し、所々のトーンや、次回同じような場合にはどういう切り口で話すべきなのか、という事を考えながら歩き続ける。そろそろ梅の花が咲き始める頃で、住宅街の裏道も庭先から伸びた枝の先に、蕾や少し赤みがかった花が無味無色が長く続いた街に彩りを添え出す。
あの日、話題に上がっていたことはなんなのか、たしか個性的な俳優について話していた気もするのだが、その俳優の名が思い出せない。思い出せない記憶は、大概モノクロかセピア色で表現されるべきところではあるのだが、それも月並みで、現時点で思い描くことのできる映像といえば紺色に雑に塗りつぶされた下地のみで、その先にどのような形容をするべきなのか、全く思い出せない。
思い出せない事が多すぎるのか、思い出すべきではない記憶を手繰り寄せているのか、後者であるとすればそれは常に捏造された記憶でなくてはならず、記憶に正対して向き合うことほど無意味な事はないのだろうと思う。
繰り返し、発声される新装開店のカフェか何かの呼び込みが、ひどく空虚に聞こえるような気がした。